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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)39号 判決

原告

エルメツグエレクトロメカニクゲゼルシヤフトミツトベシュレンクテルハフツング

右代表者

ハンス ヨアヒム モール

右特許管理人

山本滝

右訴訟代理人弁護士

中山光夫

外二名

被告

特許庁長官

斉藤英雄

右指定代理人

房村精一

外三名

主文

被告が昭和四七年二月二九日付でした昭和四六年特許願第五七一三六号に対する出願無効処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  原告の申立て、主張

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和四六年七月二九日、弁理士Yを代理人として、発明の名称「電磁リレー装置」について特許出願をした(特許出願の番号昭和四六年特許願第五七一三六号、以下本件特許出願という。)。

二、被告は、本件特許出願に対し、昭和四七年二月二九日付で出願無効処分をした。その経過は、次のとおりである。

(一)  被告は、本件特許出願に関し、昭和四六年一〇月一九日、原告出願代理人あてに、次の内容の同年九月一四日付手続補正指令書(方式)を発送し、同代理人は、同年一〇月二〇日これを受領した。

「昭和四六年特許願第五七一三六号に関しこの書面発送の日から三〇日以内に下記○印事項の書面を添付した手続補正書を提出しなければならない。

上記の期間内に手続補正書を提出しないときはこの出願を無効にする。

特許出願人の住所又は居所を番地まで正確に記載した願書(街を発音通りに)。

特許出願人(法人)の代表者名を記載した願書及び会社名を発音通りに。

代理権を証明する書面(訳文の街及び会社名を発音通りに)。

特許出願人の国籍を記載した願書。」

(二)  原告出願代理人は、同年一一月四日、被告に対し、次の内容の上申書を提出した。

「特許出願人の街名、会社名を発音通りに訂正せよとの御指図でありますが、独語の発音は同国内にあつても地域内に必ずしも共通でないことがありまして、適正な発音の決定は必ずしも容易でありません。

よつてなるべく特許庁における御慣行による発音を御高教頂きましてその通り訂正いたしたく、右上申いたします。」

これに対し、被告は、同年一二月一日付通知書(発送日同年一二月一〇日)でもつて、「申し出の趣旨は、これを聞き届けない。」との理由に基づき、右上申書を受理しない旨通知し、原告出願代理人は、同年一二月一一日これを受理した。

(三)  原告出願代理人は、同年一二月一四日、出願人の住所「ウエールーメル街」とあるを「ウエールーメルストラーセ」と、また出願人の名称末尾の「有限責任会社」とあるを「ゲゼルシヤフト、ミット、ベシュレンクテルハフツング」と訂正する旨の手続補正書とこれに添付して右の訂正した願書正副二通を提出した。

これに対し、被告は、昭和四七年一月二〇日付通知書(発送日同年二月一日)でもつて、右補正書を受理しない旨通知し、原告出願代理人は、同年二月三日これを受領した。

右通知書の内容は、次のとおりである。

「本書は下記の理由により受理しない。

理由

一  手続不備。

訂正願書に代表者名と国籍を記載されたい。」

(四) 原告出願代理人は、同年三月六日、前記(一)の手続補正指令どおりに補正をする旨の補正書とこれに添付して右の補正をした願書正副二通を提出した。

(五) 被告は、同年四月二五日、「この出願は、期間内に補正書の提出がなかつたから、特許法第一八条の規定によつて無効にする。」旨の同年二月二九日付出願無効処分の騰本を、原告出願代理人あてに発送し、同代理人は、同年四月二七日これを受領した。

(六) 被告は、同年六月一五日付通知書(発送日同年六月二五日)でもつて、(四)の補正書を受理しない旨、原告出願代理人に通知した。

右通知書の内容は、次のとおりである。

「本書は下記の理由により受理しない。

理由

一  出願無効処分起案後の差出。」

三、原告は、同年五月二九日、右(五)の出願無効処分(以下、本件出願無効処分という。)に対し、行政不服審査会法に基づく異議の申立てをしたが、右異議の申立ては、昭和四八年一二月二二日、被告により棄却された。

なお、原告は、右(六)の補正書不受理処分に対しては、同法に基づく異議の申立てをしていない。

四、本件出願無効処分は、被告が特許法第一八条第一項の裁量権を濫用した違法のものであり、取消されるべきである。

前記第二項(一)の昭和四六年九月一四日付手続補正指令書(発送日同年一〇月一九日)によれば、補正書を提出すべき期間は、指令書発送の日から三〇日以内と定められており、右期間内に補正書が提出されなかつたことは、被告主張のとおりである。しかし、この指定期間経過後の昭和四七年二月一日に被告の発送した同年一月二〇日付通知書には、「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」との指示があるのであつて、これによつてみれば、原告出願代理人が、この指示に従い同年三月六日に補正書を提出したことは、妥当な期間内の提出といわなければならない。しかるに、被告は、第二項(六)記載のとおり、この補正書を同年六月一五日付で「出願無効処分後の差出」との理由で不受理処分にし、一方、この不受理処分に先立ち、同年二月二九日付で、指定期間内に補正書の提出がないとの理由で本件出願無効処分をした。しかし、本件出願無効処分の謄本の発送は、同年四月二五日であり、右補正書はその前に提出されているのである。

被告が、右の経過からして当然受理すべき右補正書を受理せず、当初の手続補正書指令書に指定した期間にいたずらに固執して本件特許出願に対し出願無効処分をし、もつて、発明者の永年にわたる研究努力の結晶である発明の内容を検討せず終らしめ、発明者の特許を受ける権利を剥奪したことは、被告が出額無効処分をするについての裁量権を濫用したものといわざるをえず、本件出願無効処分は違法にされた処分であり、取消されるべきである。

第二  被告の申立て、主張

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁及び主張として、次のとおり述べた。

一、請求の原因第一項の事実は、認める。

同第二項(一)ないし(六)の事実中、原告出願代理人あての各書面を同代理人が受領した日はいずれも知らないが、その余の事実は、認める。

同第三項の事実は、認める。

同第四項の主張は、争う。

二、本件出願無効処分は適法にされたものであり、原告主張の裁量権濫用の事実はない。

(一)  請求の原因第二項記載の手続の経過から明らかなように、同項(一)掲記の手続補正指令書に定められた指定期間内に手続補正書の提出はなく、同期間経過後である昭和四六年一二月一四日にいたり、同項(三)掲記の補正書が提出された。同手続補正書には、出願人の住所及び名称を発音どおりに記載した訂正願書が添付されていたが、その余の補正命令事項に対する補正がなかつたので、これに対して昭和四七年一月二〇日付(同年二月一日発送)で不受理処分がされ、右不受理処分は確定した。

原告は、右昭和四七年一月二〇日付書面を補正命令書であるかのように主張するが、同書面はあくまでも前記補正書を受理しない旨を表示したものである。すなわち、同書面において、「本書は下記の理由により受理しない」旨の表示がその趣旨であり、その理由として「一 手続不備」を挙げ、これに続けて「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」旨表示されているが、これは手続不備の内容を具体的に示したものであつて、訂正願書に代表者氏名と国籍を記載していない本件補正書を受理しえない意である。

(二)  右補正書不受理処分後かなりの日数が経つても再度補正書は提出されなかつたので、本件特許出願について、昭和四七年二月二九日付で本件出願無効処分がされた。そして、右処分の謄本は同年四月二五日に発送された。

(三)  なお、原告は同年三月六日に補正書を郵便で提出しているが、それは右本件出願無効処分後の提出であつたので(ただし、不受理処分通知書には、不受理理由として「出願無効処分起案後の差出」と表示されているが、一連の手続経過からすれば、「出願無効処分後の差出」と表示するほうが正確であつた。)、同年六月一五日付(同年六月二五日発送)で不受理処分がされ、右処分はすでに確定した。

(四)  特許庁長官から手続の補正を命ぜられた場合の補正は、原則として指定期間内にすべきであり、右期間経過後は、手続の無効処分をすることなく補正を許すか、手続の無効処分をするかは特許庁長官の裁量に委ねられているものと解される。原告も右見地に立つた上で、その裁量権の濫用を主張するが、指定期間経過から出願無効処分がされた昭和四七年二月二九日までは三月以上の期間があり、しかも同年二月一日に発送された補正書不受理処分通知から右無効処分日まで再度補正するために相当な期間があつたのであるから、裁量権の濫用はないというべきである。けだし、出願人は当初より特許法令に定める方式により出願すべきものであり、補正命令書の受領によつて手続の瑕疵を知りながら指定期間を徒過している以上、再度補正することができる期間は、すでにある程度の準備がなされていることを前提に、方式上の瑕疵を訂正するに必要な期間でたりるからである。

よつて、原告の本件特許出願に対して指定期間内に補正書の提出がなかつたことを理由にした本件出願無効処分は適法であり、原告の主張は理由がなく、その請求は棄却されるべきである。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求の原因第一項から第三項までの事実は、原告出願代理人あての各書面を同代理人が受領した日を除いて、当事者間に争いがない。

右争いのない事実によると、原告の本件特許出願の願書には、特許出願人の国籍及び法人代表者氏名の記載がない等の方式違背があつたので、被告は、昭和四六年一〇月一九日、原告出願代理人あてに、請求の原因第二項(一)記載の内容の手続補正指令書(方式)を発送し、同書面発送の日から三〇日以内に、同書面記載の補正事項を補正した書面を添付した手続補正書を提出すべきことを命じたが、原告出願代理人は、右指定の期間内に手続補正書を提出せず、右期間を経過した昭和四六年一二月一四日に至つて初めて、しかも被告の前記手続補正指令書の内容を全部充足するには至らない手続補正書を提出したところ、被告は昭和四七年一月二〇日付通知書(発送日同年二月一日)でもつて、右補正書を受理しない旨を通知し、原告出願代理人は同年二月三日これを受領したこと、右通知書には、原告出願代理人の右手続補正書は手続不備の理由により受理しない旨の記載のほかに、「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」との記載があつたこと、原告出願代理人が同年三月六日に、被告の最初の手続補正指令書(昭和四六年九月一四日付)の指令どおりに補正する旨の補正書とこれに添付して右の補正をした願書正副二通を提出したこと、被告が、「この出願は、期間内に補正書の提出がなかつたから、特許法第一八条の規定によつて無効にする。」旨の同年二月二九日付本件出願無効処分の謄本を、同年四月二五日、原告出願代理人あてに発送し、同代理人がこれを受領したこと、及び、同代理人が同年三月六日提出した前記手続補正書は、同年六月一五日付で「出願無効処分起案後の差出」の理由でもつて不受理処分にされ、同処分は確定したこと、の各事実が認められる。

二  そこで、以下、本件出願無効処分に、これを取り消すべき瑕疵があるかどうかを検討する。

(一)  特許法第一七条第二項第二号、第一八条第一項の規定によると、「手続がこの法律又はこの法律に基く命令で定める方式に違反しているとき。」、「特許庁長官……は、……相当の期間を指定して、手続の補正をすべきことを命ずることができ……。」、「特許庁長官は第一七条第二項の規定により手続の補正をすべきことを命じた者が同項の規定により指定した期間内にその補正をしないとき、……その手続を無効にすることができる。」のであり、本件出願無効処分が右法規に基づいてされたことは明らかである。しかしながら、特許出願無効処分は、特許出願人を相手方とする行政処分であるから、たとえそれが内部的には成立していても、特許出願人に対して効力を生ずるためには、それを特許出願人に告知することが必要である。このことは、特許法第一八九条、同法施行規則第一六条が無効の処分の謄本を送達すべき旨を定めていることから明らかであるといわなければならない。従つて、たとえ、出願無効処分が内部的に成立していても、いまだ特許出願人に告知されず、行政処分としての効力を発生するに至つていない時点において、補正がされ手続の瑕疵が治癒された場合には、特許庁長官は、内部的に成立していた出願無効処分を撤回し、手続を続行すべきであると解するを相当とする。

(二)  これを本件についてみると、本件出願無効処分は昭和四七年二月二九日付でされているが、その謄本が原告出願代理人あてに発送されたのは同年四月二五日であり、そのころ同代理人がこれを受領したことは前記のとおりであるから、同代理人が補正を命じられた事項をすべて補正した手続補正書を提出した同年三月六日の時点において、本件出願無効処分は、内部的に成立していたと認められるものの、いまだ行政処分としての効力を生ずるに至つていなかつたことが明らかであり、そうとすれば、被告においては、右手続補正書を受理し、その内容を検討し、これによつて方式違背の瑕疵が治癒されたと認める場合には、手続を続行すべきであつたといわなければならない。しかるに、被告は、右手続補正書が提出された事実を顧慮することなく、同年四月二五日に至り、同年二月二九日付の本件出願無効処分の謄本を原告出願代理人あてに発送し、本件特許出願の手続を無効とする処分をしたのであつて、本件出願無効処分は、この点において原告の利益を不当に害した違法のものであるといわなければならない。

(三)  なお、前認定のように、原告出願代理人は、昭和四六年一二月一四日に至つて初めて、しかも被告の手続補正指令書の内容を全部充足するには至らない手続補正書を提出したところ、被告は昭和四七年一月二〇日付通知書で右補正書を受理しない旨を通知したが、右通知書にはなお「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」との記載があつたのであり、右事実からすれば、被告は、昭和四六年一〇月一九日発送の同年九月一四日付手続補正指令書において、該書面発送の日から三〇日以内に手続補正書を提出しなければ出願を無効にするとの意思表示のうち、期間の点に関する意思を撤回したものであると認められる。なんとなれば、「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」との文言は、訂正願書、すなわち、手続補正書とその補正の趣旨に従つて訂正した願書を提出すれば、なおその手続補正書は受理されるべきことを示しているからである。

被告は、被告の前記昭和四七年一月二〇日付書面はあくまでも原告の昭和四六年一二月一四日付の補正書を受理しない趣旨を示したものであつて、「訂正願書に代表者氏名と国籍を記載されたい。」との文言は、手続不備により補正書を受理しないという、その手続不備の内容を具体的に示したものであつて、訂正願書に代表者氏名と国籍を記載してない補正書を受理しえない趣旨のものであると主張するが、その文言自体からして到底被告主張のようには解し得られないし、この段階では、被告としては右のような不受理処分をすることなく、あるいはその不受理処分と同時に、本件出願無効処分をしうるはずである(なぜならば、原告出願代理人は、まだ、被告の昭和四六年九月一四日付手続補正指令書の内容を充分に充足するような補正をしていないから。)のに、その出願無効処分をせず、訂正願書に代表者氏名と国籍を記載せよといつているところからすれば、右記載があればなお手続補正書を受理することを示しているものといわざるをえないのである。

従つて、被告が主張するように、当初の手続補正指令書に指定された期間経過後から、本件出願無効処分がされる間にどのような期間があろうとも、いつたん出願無効処分がされる前に、手続補正指令書により命令された補正をしたと認める補正書が提出された以上、被告としては、補正がされなかつたものとして出願無効処分をすることはできないものといわなければならない。

(四)  なお、原告出願代理人が提出した前記昭和四七年三月六日付の手続補正書は、本件出願無効処分が同代理人に告知された後の同年六月一五日付で、「出願無効処分起案後の差出」との理由で不受理処分にされ、これが確定したことは前記のとおりであるが、本件出願無効処分が違法であることは前説明のとおりであり、その違法性は、右手続補正書が、その後不受理処分にされたことによつて、さかのぼつて治癒されることはない。

三以上のとおり、本件出願無効処分にはこれを取り消すべき瑕疵があるから、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(高林克己 牧野利秋 木原幹郎)

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